「日本を世界最高水準の技術国家へ」 DXに“変化し続ける能力を補完する”という挑戦

一般社団法人 日本CTO協会

Interviewee
松岡 剛志氏
Yahoo! Japan新卒第一期生エンジニアとして複数プロダクトやセキュリティに関わる。 ミクシィでは複数のプロダクトを作成の後、取締役CTO兼人事部長。 その後B2Bスタートアップ1社を経て、rectorを創業。2019年9月一般社団法人CTO協会設立
近年、『DX』という言葉への注目度が増していることを体感するビジネスマンは多いのではないだろうか。 2018年5月、経済産業省によって『デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会』が設置されたことも追い風になり、多くの企業が本格的にDXに取り組み始めた。これまでなかなかデジタル化が進まなかった企業でも、いよいよ変革を求められる大きな波が来ている。 2019年9月、このDXの議論に参入する新たなプレイヤーが誕生した。Yahoo,mixiと名だたるIT企業を渡り歩き技術経営戦略のコンサルティング会社rectorを立ち上げた松岡 剛志氏が代表理事を務める日本CTO協会である。 まさに日本全体がデジタルトランスフォーメーションし、生まれ変わろうとする中、これまでデジタルの前線で戦ってきた松岡氏は「DXの定義を補完する」ために日本CTO協会を立ち上げたという。今回の松岡氏へのインタビューでは、設立の背景にある、ビジネスマンがDX議論に参加する意義をうかがうことができた。
まだ100名だったYahooに入社。のちにmixiの再生を手がける。
松岡さんのキャリアについてお聞かせください。
私のキャリアは、2001年にYahooに新卒入社したことから始まりました。私が就職活動をしていた頃は就職氷河期だったのですが、インターネット業界は盛り上がっていて、伸び調子だったんです。そこでエンジニアになろうと、それまでなじみのなかったITの知識を必死で身につけて、Yahoo! Japanの新卒第一期生エンジニアとして入社することができました。 入社当時のYahooは約100名程度。そこから7年弱勤め、最後はYahooのアプリケーションセキュリティのトップとしてのチームリーダーを経験させていただきましたね。 退職する頃には、Yahooは5,000人を超える規模に成長し、組織としても成熟してきていたので「新しい挑戦がしたい」とmixiに移ったのが2007年のことです。当時SNSとしてのmixiが隆盛で、可能性を感じたことが一番の理由。数年エンジニアとして経験を積んだのちに、マネージャー、部長と任せていただけるようになりました。
mixi社では、CTOとして経営にも携わりますよね。
そうですね。SNSとしてのmixiが徐々に勢いを落としてしまっていた時期に、当時社長室長だった朝倉と一緒に再生プランを作って提案したんです。それが採用され、朝倉はCEO、僕はCTOに就任して、ターンアラウンドを実行することになりました。 当時は今以上にCTOという役職がメジャーではなく、情報収集にも四苦八苦。CEOやCFOたちと比べて歴史が浅く、確立された理論もないし、Amazonで「CTO」と検索しても、洋書が数冊見つかるくらいのものでした。 その洋書を頑張って読みながら学んではいましたが、「これは人に聞いて情報を得ないと」と思い、日本CTO協会の前身とも言える、CTOのコミュニティ『CTO’s(シーティーオーズ)』を立ち上げたんです。 その後、2016年に技術コンサルティングファーム『rector(レクター)』を立ち上げ、技術の観点から企業の成長を促すコンサルティング事業を展開しています。
日本CTO協会として行なっている取り組みは、なぜrector社としてではなく、新たな組織を立ち上げて行なっているのでしょうか?
日本CTO協会の目標は「日本を世界最高水準の技術力国家にする」ことです。そのためには、活動を継続するための利益だけでなく、より公益性が高く、中立な組織をつくることが重要だと考えました。一般社団法人という形をとることで、我々のもつDXに対するメッセージも、広く世の中に届けやすくなると思います。 実態としても理事の多くは、私の経営するrector社以外の方に参画していただくようにしています。
DXの定義を補完したい-。“2つのDX”のコンセプトに込められた思い
松岡さんが届けたいDXの議論へのメッセージとは、どういうことなのでしょう?
近年、注目されてきたDXは多くの場合、デジタルトランスフォーメーションの略として語られていました。よりデジタル技術を浸透させて変革を起こしていこうという取り組みは素晴らしく、絶対に推し進めるべきものです。 ただ、私たちのようなインターネット業界にいる者達にとって、一般的に語られる“DX”の定義は異なるものです。それはDeveloper Experienceの略称です。 デジタル化というのは“一回やって終わり”というものではありません。「ソフトウェアはお金を払えば作ってもらえるもの」とまだ考えている人は多くいます。そう考える人にとって、デジタル化は誰かが作ってくれたソフトウェアが納品されてしまえば、それで終わりでしょう。 でも、デジタルの変化のスピードは、とてつもなく速い。作ったものはすぐに古いものになります。だから、DXの実現には“変わり続ける能力の獲得”、つまり技術者がスムーズに価値創造に取り組める環境づくりこそが重要なんです。 この観点が欠けていると、レガシーの再生産になってしまう。私たちは、DXの定義を、変わり続ける能力の源泉となるDeveloper Experienceの要素を内包したものとして、再構築したいのです。 だから、CTO協会のコンセプトに“2つのDX”を掲げています。
実際にデジタル技術を使って多くの人の生活に影響を与えるサービスを生み出してきたからこその観点ですね。
“変化への耐性の重要性”は、僕がいくつかの企業でCTOとして経営に携わってきて身にしみて感じてきました。 デジタル技術によって売上・利益を生み出している会社においてコアコンピタンスはプロダクト。じゃあ、そのプロダクトを強くするためには何が必要かというと、試行回数しかない。改善を繰り返して、変化し続ける。Amazonは、1時間に1,000回もの改善を回しているというのは有名な話です。 生き残ることができるのは、変化に耐えられる者のみ。強い変化への耐性を下支えするのは、多くの優秀なエンジニアの存在と、彼らのパフォーマンスをあげるDeveloper Experienceです。 だから、私はこれまでのキャリアで、ひたすら優秀なエンジニアを育て、強い開発組織を作り上げることに尽力してきました。この観点は、一つのITビジネスの会社の中だけでなく、DXに取り組む全ての企業が持つべきです。
CTO協会が掲げる“3本の矢”。その全貌と狙い
では、“2つのDX”のコンセプトを実現するために行なっている具体的な活動内容について、聞かせてください。
現在CTO協会の活動の軸となるのは、基準策定、コミュニティ運営、レポーティングの3本です。 まず重視しているのがDX推進に向けた基準策定。「DX Criteria」の名称で、先日12月11日に第一弾をリリースしたばかりです。 これまでの日本企業では、自社の現状を数値化し、強みや弱み、またベンチマークする企業との違いを明確に把握するのは難しいことでした。これは日本において、共通の指標や、自己診断を定期的に行う習慣が、まだまだ乏しいことが原因だと思います。 しかし現状を数値で把握することは、正しい目標をたてることや、異なる職種の仲間達とコミュニケーションをとるツールとしても役立ちます。また結果を公表することで、開発者の採用時にミスマッチを減らすといった効果も期待できます。 DX Criteriaは単純に高い数値をとることを目指すのではなく、各社の経営戦略に沿って望ましい状況になっているかを確認したり、必要に応じた議論のきっかけとして使われることを望んでいます。 ちなみに基準は、技術戦略コンサルティングファームであるrectorの『DX Survey』をベースに、会員や理事の方々からフィードバックをもらってブラッシュアップしたもので、かなり具体的かつ計測可能な内容になっていると思います。また、基準は世界情勢や技術の変化によって、同じく変化が求められるものですので、今後も必要に応じてバージョンアップし続けて行きます。 続いて、コミュニティ活動。大規模なものから小規模のものまで、イベントを開催し、国内のCTOたちやDXを志す方々の学びと共有の場を作り出します。個人的には、この場がビジネスマッチングの場としても活性化されると嬉しく思っています。CTOがビジネスによりコミットしていく流れを、ここから生み出しせるといいなと。 最後は、レポーティング。CTO協会の法人会員様に調査協力いただき、DXが推進されている企業の事例や傾向をレポートにまとめて発表します。各社のDX担当者は、社内の理解促進のためのコミュニケーションツールとして活用して欲しいです。海外のDX事情についてもレポーティングする予定です。
想像以上の活動内容の広さですね。現在は何名のメンバーで運営しているんですか?
パートタイマーの方を含めて、20名弱でしょうか。正直全く人手が足りていません(笑)ありがたいことに、すでに個人会員が300名以上、法人会員の企業が15社以上、参加いただいているので、早急にオペレーションを整えないといけないというのが直近の課題です。
3本の矢の先に、CTO協会が見据える未来
立ち上げて数ヶ月がたちますが、現状の手応えはいかがでしょうか。
個人・法人を問わず会員、つまり志を同じくする仲間が想定以上のスピードで増えていることを、とても嬉しく思います。また、「DXの定義を補完する」「2つのDX」というメッセージを、国政に届けたいという想いもあったのですが、プレスリリースでの設立発表をきっかけに、西村経済再生担当大臣からお声がけを頂くなど、声を届けやすい環境は作れつつある実感はあります。
これまでIT業界でご活躍されていた松岡さんですが、今後はさらに大きなフィールドで挑戦していくことになりそうですね。
そうですね。私はこれまでの仕事人生で「やりたい!」という気持ちをモチベーションにすることはなくて、誰かがやらなくてはいけない“落ちているボール”を拾ってきたような感覚なんです。それを楽しんでいる。今回もそう。 でも、今回は特に未知との遭遇だなという感覚があります。ある種コンフォートゾーンだったIT・ベンチャー業界という“自分の村”じゃないところに向き合おうとしているので。 人間は、歳を取れば取るほど守りに入るし、チャレンジしなくなるもの。でも私は39歳で起業を経験し、42歳にして自分の育った村の外にも世界を広げようとしています。今後もこうして自分自身を変化させ続けていきたいです。